南西部エチオピア〜多様な民族文化の息吹に触れる

  8月8日真夜中にアディスアベバの空港に到着する。成田から19時間の旅である。 
2500メーターの高地にあるアディスは真夏にもかかわらず肌寒い。エチオピアもこれで3度目の訪問となる。顔なじみのガイドに迎えられ今回のガイドを紹介される。
同日AM9:00ランドクルーザーで出発した。スーダン国境近くまで11日間、往復1200キロの長旅である。

ミザンデフリ(高度2000m)から一気に低地のサバンナ地帯に入る。
アカボ河を渡り国境までが目的の地、スルマ地方である。
スルマ族は人口225,000人、チャ・イ、ディマ、バリーの三つの部族に分かれている。
これから訪れるキビシュはチャ・イ族である。
本来8月はドライシーズンなのであるが、今年は遅くまで雨が残っており、私たちは幾度もぬかるみにはまり込みながら進んでいった
キビッシュのキャンプサイトはポリスステーションの一角にあり2メートル以上の木柵に囲まれた安全地帯である。ここはスルマ地方最南端の村であり国境まで近く重要地区の様でありカラニコフ自動小銃を携えた警察官12名が常駐している。
一見のどかで、それほど物騒な感じは無かったが、明日はトンガ祭りに行こうという夜少し離れた村で銃声がして、角笛と人々が叫ぶ声が聞こえてきた。駐在の警察の話では国境を越えスーダンからブネ族が牛を盗みに来て撃ち合いになり、双方から死者が出たそうである。その日のトンガは中止になってしまった。やはり時には危険なこともあるようで、村を訪れるときには必ず、警察官1人と民兵2人がついてきた。

スルマ地方の人々の服装は同じエチオピア南部であってもオモ地方のものとは異なる。
オモ地方の女性はヤギの皮で腰や胸の一部を覆っていたが、チャ・イ族の女性は布で腰と片胸を隠すが、両胸とも露にしている女性も見かける。また、乳房の周りを
柘植の刺のようなもので傷つけ、美しい文様で飾っている女性も多い。男性は肩から布を垂らしているだけで、下はなにもつけていない。

スルマの人々の財産は僅かな畑と牛である。牛は部落のはずれに共同で飼育され、若い男性が4〜5名、牛と共に寝泊りする。
8月は収穫のシーズンで、作物はトウモロコシが主である。小さく貧弱な実を狭い庭先に干し、石臼で粉にして煮たものが主食になる。また、これからドブロクも造る。
8月はまた祭りのシーズンである。村では酒に酔った若者や、年寄りのグループまでが歌や踊りに興じているのに出会う。

男の祭りは何と言ってもドンガである。数百人の男たちが広場に集い、部落ごとに分かれ、2メートル位の棒で殴りあう。頭、腕、足に防具をつけることもあるが、大体はつけずに殴りあうので、死者が出ることもあるそうだ。
祭りの朝、男たちは河で身を清め、入念なボディペイントを施す。そして村の旗を先頭に低く歌い、足を踏み鳴らしながら 女、子供が大勢集まる広場へと行進する。男たちはやがて興奮を高め、突然グループに分かれ殴り合う。それは相手を替えながら2〜3時間も続く。
 
10日間のスルマ滞在ではあったが、それは刺激的な感動の連続であった。
子供たちは「カラメル、カラメル」と飴を欲しがるが、決してしつこく求めてこない。
一粒あげると、大事そうにいつまでもしゃぶっている。男たちは剃刀の刃が大事で、女性は石鹸である。物欲は小さく、自然に生きていることを実感させられた。
観光客も少しづつ増えてくるようで、現在の自然が失われるのもそれはほど遠くないかもしれない。しかし、変わらずにあって欲しいというのは私たちの身勝手な望みで
この変化が文明化といえるかどうかは判らないが、彼らにとっては幸せなのかもしれない。

2003年.8月