エジプト〜ナイルに沿って、歴史を歩く
 飛行機の窓から、ナイルの悠然たる流れが見えた。成田からロンドン経由での長旅に 疲れ、うつらうつらとしていた私だが、ナイルの流れを目にして目が覚めた。
 ナイルの真上を、飛行機はゆっくりと降下していった。その両岸には果てしない砂 漠が広がっている――。

 11月とはいえ気温は高いが、湿度が低いためさわやかである。カイロ市街は、イメー ジしていたよりもずっと騒がしい。なにしろ、人口1200万人の大都市なのだ。しかし、 街の中心にはナイルの悠然たる流れがあり、その流れの静けさと街の喧騒のアンバラ ンスがなんとも不思議である。
 カイロについて3日目。ギザのピラミッドやスフィンクス観光は後回しにして、空 路アブ・シンベルとアスワンへ向かう。どちらも、エジプトらしい巨大神殿で名高い 街だ。
 建国の英雄・ナセルの名を冠したナセル湖。そのほとりに、アブ・シンベル神殿は あった。見上げるような一枚岩から彫り出された、大岩窟神殿である。古代エジプト の王・ラムセス2世が4体並んでいるその姿には、見る者を圧倒する迫力があった。 ナイルの果て、エジプトの南の果てにあたるこの街にさえこれほどの神殿を建てたラ ムセス2世の強大な権力に、いまさらながら驚かされる。
 アスワンは、いうまでもなくアスワンハイダムで知られる街であるが、私には、フ ルーカに揺られて行ったアギルキア島の巨大なイシス神殿や、近郊のヌビア人の村の ほうが印象的だった。
 「フルーカ」とは、ナイル川に浮かぶ島々への観光に用いられる、帆を張った小さ なボートである。褐色の肌をしたヌビア人(かつてこの一帯を支配していたヌーバ族 の末裔)の船長とともに、ナイルの水面を風を感じながら進むと、ふと、いまが21世 紀であることを忘れそうになった。

 5日目、アスワンからルクソールへ向かった。ルクソール神殿、メムノンの巨像、 ツタンカーメンの墓など、古代のファラオ(王)たちが眠る巨大な王墓と葬祭殿が終 結する地だ。
とくに、カルナック神殿内の「アモン神殿」は、じっさいにその前に立ってみるとそ の巨大さに圧倒される。なにしろ、柱1つでさえ屋久島の巨大杉のように太いのだ。  ルクソールはナイルの東岸と西岸に分けられるが、王墓などは西岸に集中している。 なぜなら、古代エジプトの民にとって、太陽が沈むナイル西岸の砂漠こそ、「あの世」 のある場所と考えられていたからだ。
 私自身も、にぎやかな東岸より、きらびやかな中にも悲しさと厳粛さを備えた王墓 群に、心惹かれるものを感じた――。
 そして、どこの国でもそうであるが、素晴らしい遺跡に感動する以上に、人々、特 に子供たちに接した時にまた異なった感銘を受ける。羊を追う少年少女、自分の子ヤ ギを自慢する少女、重たい煉瓦を頭にのせて運ぶ少女たち、フルーカをあやつる少年。  旅の終わりに、ふたたびカイロへと戻った。エジプトの最もエジプトらしい風景― ―ギザの巨大ピラミッド群とスフィンクスを見る。
 カイロ市街から西へ13キロ。広大な乾いた砂漠の中に、名高い3大ピラミッドをは じめとしたピラミッド群と、スフィンクスが屹立していた。
 有名すぎる観光地ではあるが、やはり来てよかった。巨大なピラミッド群を目の当 たりにすると、言葉を失うほどの感動があった。このピラミッド群が建てられたのは、 約4500年前。その長大な時の流れが、そのまま眼前にそびえ立っているような気がし た……。