中国−ラオス〜メコン少数民族紀行〜
 香港を経由して、まず中国雲南省の省都・昆明へと向かった。
 今回の旅の眼目は、メコンの流れに沿って少数民族の村々を訪ねる旅なのである。

 昆明から景洪、モンロン、モンラーへと、雲南省の少数民族の村をたどる。途中、カンランバというメコンのほとりの小さな町を訪ねた。
 華やかなサロンをまとったタイ族の女性たちが行き交う市場、高床式の家、びんろうの木……中国というよりタイにいるような錯覚を抱かせる、南国情緒あふれる町なのだ。

 雲南省には24もの少数民族が住んでいる。その総人口は雲南全体の3分の1にも及ぶというから、雲南はまさに少数民族のメッカといえる。
 ひとくちに少数民族といっても、その生活様式は民族ごとに異なる。私はこの旅でジノー族、ヤオ族、黒タイ族の村を訪ねたが、「西双版納タイ族」という同じ系列に属するはずのそれらの村々でさえ、衣服も暮らしぶりもさまざまであった。
 なお、途中、モンラーにある原始熱帯樹林・望天樹を訪ねたが、高さ40〜70メートルもの熱帯樹が視界いっぱいに広がるその光景は、中国という国の壮大なスケールを改めて実感させるものであった。

 雲南の南端・モーハンから、ラオス側の国境の町・ボーテンへ。そしてそこから、ルアンナムターの町へと向かった。国境を越えても村々の様子、人々の服装に大きな違いはない。
 ルアンナムターは、高床式の家と田畑が広がる、のんびりとした町であった。到着したその足で近郊のヤオ族の村、黒タイ族の村を訪ねたが、人々の顔つきもやわらかい。
 翌日は早起きして、ルアンナムターの朝市をぶらぶらと見てまわった。さまざまな少数山岳民族が集い、物を売りに来、また買い物して帰るのである。小さいながらも活気に満ちた市場である。人々のカラフルな服装が楽しい。
得体の知れない小動物の干物も売られている市場の中で、最も目につくのはお米である。赤米やもち米がうずたかく積まれている。円く大きな豆腐、納豆の干したものなどもあり、さすがに稲のルーツと言われる地域の市場で、日本人になにか懐かしい思いをさせる地域である。

 ある作家が「外国でその国について知りたかったら、市場へ行け」と書いていたが、私も同感である。市場ほどその国の雰囲気を鮮やかに伝える場はほかにない。
 そんなわけで、ルアンナムターから次のムアンシンの町へ行ってから、ふたたびこの町の朝市を見て回った。ムアンシンは、ルアンナムターの北西67キロに位置する町。中国との国境からわずか16キロのところにあるが、山岳少数民族が多く住むため、昆明などの中国の町とはまったく雰囲気がちがう。ヤオ族、アカ族、黒タイ族、モン族、タイルー族……個性豊かな少数民族が朝市に集い、独特のにぎわいを見せる。

 ウドンサイを経て、ルアンプラバン(ルアンパバン)へと向かった。
ルアンプラバンは、14世紀以降600年にわたって栄えた、ランサン王国の首都だった街である。ラオス仏教の中心地でもあり、80ケ寺を超える寺院が立ち並んでいる。そのためもあってか、アジアの都市特有の喧騒はあまり感じられず、ひっそりとしたたたずまいである。
 メコンのほとりの、静かな仏の里。オレンジ色の僧衣をまとった僧侶たちが、峻厳な表情を崩さぬまま、街を歩いていた。「ルアンプラバン」とは「聖なる仏の町」という意味だという。
 朝、暗い中に人々は托鉢に廻る僧侶を道端でお迎えをする。百人をこえる寺院の僧侶が、毎朝それぞれ托鉢に廻るのである。

 翌日は、ルアンプラバン郊外のパクウ洞窟へ。メコン川を上流へ25キロほどさかのぼったところにある、数多くの仏像を安置した洞窟である。パクウへ向かう途中のボートからは、メコンの河辺に住む人々の暮らしぶりが見えた。魚を採る人、水浴びをする人、作物を世話する農民…初めてなのにどこか懐かしい感じの光景である。ぼんやり眺めているうちに、パクウ洞窟に着いた。
 切り立った岩壁にぽっかりと開いた洞窟。その中にある白い階段をのぼると、ほの暗いなかに、大小さまざまなおびただしい仏像が浮かび上がった――。

 ルアンプラバンから、午後の飛行機でラオスの首都・ヴィエンチャンへ。機上からは、名高いメコンの夕陽が美しかった。私の「メコン少数民族紀行」は、こうして終わりを告げた……。

(2002年2月)