パキスタンからシルクロードへ〜地球の地肌に触れる旅〜
 今回の旅はパキスタン、イスラマバードからカラコルム・ハイウェーを通り、中国と の国境のクンジュラーブ峠をこえタクラマカン砂漠の西端の町カシュガルからタクラマ カン砂漠を横断してウルムチにいたる20日の長旅であった。
 パキスタン、ぺシャワールはアフガニスタン国境まで50-60キロの町で当時すでにアフガニスタンからの難民が幾つものキャンプをつくっており、地元のパキスタン人もパシュトゥン族が多く気性が荒く、女性は例のブルカをすっぽりと被っており、写真をとるのは殆ど不可能であった。
 また、かの幹線道路であるカラコルム・ハイウェーも雪解け水のがけ崩れで何箇所も車をすて、2、3キロも歩いて次の車に乗り換えるという難行であった。

 最初に向かったのは、タキシラ。ガンダーラ最大の遺跡である。紀元前に築かれたとされるギリシャ型の古代都市の遺跡シルカップ、古代の僧院がそのままの形で残るジョウリアンなどを、駆け足で巡った。
基本的には仏教遺跡だが、パキスタンの複雑な歴史を反映してさまざまな文化の融合が見られ、素人目にも興趣尽きない。

 タキシラからペシャワールへ移動する。ここもまたガンダーラ美術の中心地ではあるが、タキシラとはちがい、市街地には仏教遺跡が残っていない。が、市内にあるペシャワール博物館には、仏教美術の精髄が多数展示されている。ペシャワールの旧市街にあるバザールは、何時間ぶらついても飽きない、不思議な魅力を持った場所だった。店先に置かれた巨大なサモワール、シシカバブやナンの焼けるおいしそうな匂い、昔ながらのタンガー(馬車)が行き交う音…何もかもが人間臭く、愉しい。

 そして、パキスタンの旅で最も印象に残ったのは、紀元前4世紀にアレクサンダー大王の軍隊がやってきたというチラスからギルギットそしてフンザへと続く北部山岳地帯の雄大な景色であった。
 いずれも、ゴツゴツとした岩肌が広がり、青空を切り取るように高山がそびえ立つ地域だ。地球という星の地肌がのぞいたような荒々しい風景だが、その中に時折、岩絵や磨崖仏が姿を現す。
 たとえばチラスには、巨大な黒い岩にじかに彫られた、仏像の「線刻画」が数多くある。また、ギルギットの近くには、岩壁に彫られた巨大な仏陀の磨崖仏(「カールガーの磨崖仏」)がある。それは、「あんな場所に、いったいどうやって彫ったのだろう?」と不思議になるような、垂直にそそり立つ岩壁の中心にある。自然の厳しさとは裏腹に、仏像・仏画の表情はこのうえなく穏やかである。その鮮やかなコントラストは、観る者を厳粛な気持ちにさせる――。

「フンザ・ビュー・ホテル」を早朝にチェックアウトした私たちは、専用バスでカラコルム・ハイウェイに乗り、クンジュラーブ峠へと向かった。パキスタンと中国との国境に位置する峠――いよいよシルクロードである。 この峠の高さは、じつに海抜4943メートルにも達する。急峻な山道を、バスは車体をガタガタと揺らして進む。いにしえの旅人たちは、こんなにけわしい道を人力と馬力だけで越えたのである。じっさいに通ってみて初めて、昔のシルクロードの旅は命がけであったことが実感できた。

(1999年8月)